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共感コラム【不器用なあの人のエンパシー】

【不器用なあの人のエンパシー】

日本エンパシー協会の会員になって数ヶ月。
「共感には2種類ある」と学んだときから、忘れられなくなった人の話をさせてください。

一匹狼。
そんな言葉の似合う男性でした。
仕事はしっかりこなすけれど、必要以上に群れない。
薄い縁のメガネの下の目はぎょろっとしていて、痩身で浅黒い肌や短く刈りあがった髪とあいまって、ストイックな雰囲気。
「近寄りがたそうな人だな」というのが、わたしの抱いた第一印象でした。

その年の4月、わたしは新卒から4年間所属した部署を離れて、まったく違う業務に就くことになりました。
彼は異動先の部署の先輩。
とはいえ、所属しているチームは違ったので、話す機会はほとんどありませんでした。

7月。
エアコンの効いた職場で、わたしは冷や汗を流していました。
担当案件の期日が迫っているのに、課題は山積みで、終わりそうにありません。
そもそも、異動したばかりのわたしはやるべきことの見通しを自力で立てられませんでした。
みんなが必死に残業をしながら業務をこなす状況で、それをフォローできる人もいませんでした。
同じグループの先輩や同僚に窮状を話すものの、それぐらいのピンチはみんな慣れっこなのか、期待したようなサポートは受けられず、わたしは途方に暮れていました。

そんなとき、たまたますれ違った廊下で声をかけてくれたのが彼でした。
「最近どう?」
みんなが自分のことで手一杯のその職場で、話しかけられたことが何より嬉しい。
「近寄りがたそう」なんて第一印象を棚に上げて、わたしは彼に自分の状況を話しました。

それから30分ほど経ったころでしょうか。自席で作業をしていると、彼が勢い込んでやってきました。
わたしが驚いて顔をあげると、彼は早口だけど心のこもった声でこう言いました。
「しんどいですよね。大丈夫じゃないですよね。課長に話をとおすんで、一緒に相談しましょう」

その日を境にサポートが手厚くなり、わたしははなんとか担当案件を期日に間に合わせることができたのです。

こうしてわたしは彼のあたたかさを知ることとなったのですが、不思議なことに彼は同僚からの評判が良くないのです。
気がきかないとか空気が読めないとか、さんざんな言われよう。わたしの知る彼とほかの人の語る彼の姿のギャップに、釈然としない思いがありました。

あれから数年が経ち、「共感には2種類ある」ことを知りました。
あなたと同じだよ、と同調を表すシンパシー。
そして、あなたはこうなんだね、と理解を表すエンパシー。
自分の経験を相手の話に重ね合わせて、自然と共感してしまうシンパシーに対して、エンパシーは相手の感情や経験を理解しようとする姿勢。

この違いを知ったとき、わたしを救った彼のあたたかさはエンパシーだったのだと気づきました。
みんなが期日ぎりぎりで必死に業務をこなす職場。
わたしの窮状はみんなにとって、それほど珍しいものではありませんでした。
だからシンパシーによる共感を向けられることはなく、助けを求めているつもりなのに空回りが続きました。
あのちょっと近寄りがたそうな彼は、異動したばかりで半泣きになっていたわたしの感情と状況を理解しようと、エンパシーを向けてくれたのです。

そして、もうひとつの謎もとけました。一匹狼で群れない彼は、シンパシーが得意ではないのでしょう。
みんなが自分と相手を重ね合わせて、自然と共感するような場面でそういう言動をとらないことが、評判のわるさにつながっていたようです。

「その気持ち、わかるよ」 共感に人は救われます。
シンパシーに救われることもあれば、エンパシーでしか救われないこともあるのだと、この経験から感じています。


あの夏、不器用な彼の向けてくれたあたたかな共感を、わたしはずっと忘れないでしょう。

(筆者 深水ゆき乃)